INTERVIEWカラフルな人

渡辺 哲郎(前編)

2002年中途入社

Webエンジニア

  • カラフルカンパニーのWebサービスを一手に引き受けるWebエンジニア。2017年4月にチーフエンジニアへ昇格。

【中井】 なべちゃん、ピンクのシャツ、無理しすぎじゃない?

【渡辺】 前(福岡 末悠実 前編-遅刻魔だった学生から悩める新人営業へ-)が華やかなんで、がんばってシャツだけでもカラフルにしようかと。嫁さんが先週買ってきてくれたんで、これにしよう!って。

【中井】 ピンクは顔色よく見えるからね。うん、さすがなべちゃんの奥さん! さて、そんな流れから、今日の対談者は渡辺 哲郎さん。2002年入社。新潟県出身43歳。Web開発課所属。自社のWebサービスを一手に引き受けるWebエンジニア。今日はなべちゃんのエンジニア魂を鋭く切り込んでいきましょうかね。ここに入社する前は何やってたの? 学生?

 

 

【渡辺】 ずっとバイトしていました。当時、行政から予算が出て、小学校にIT推進をするっていう事業がありまして、週3くらいで働いていました。

【中井】 小学生相手に教えてたの?

【渡辺】 教えたりもしてましたけど、メインは環境整備ですね。教材を準備したり、PCの設定をしたり。あと、学校と業者との間に入ったりとか。

【中井】 何でも屋だね。

【渡辺】 そう、何でも屋です。でもずっとこのバイトを続けていても先がないし、ちゃんと就職しなきゃなって思って。

【中井】 そうなんだ。それで、なんでうちに入ったの?

【渡辺】 タイミング良く、急募があったんです。当時、Web開発に急いで人を入れたかったみたいで。入社後3日目に先輩から「俺、会社辞めるから。」って言われて、あ、そういう急募案件だったのねって(笑)。そこが始まりです。

 

 

【中井】 すごいな、それ。

【渡辺】 それで入ってすぐに、サイトのリニューアルが必要になって。もう入社から半年くらい、ずっと文化祭みたいですよ。

【中井】 実行委員会の人と朝までどうするこうする、みたいな? それって楽しい感じ?

【渡辺】 まぁ、毎日お祭り騒ぎですよね、ず~っと。でもそんなに楽しくはなかったかな。

その一方で、当時会社が中古のリサイクルPCを使ってて、それがもう、次から次へと毎日壊れるんです。それで僕、それを修理するんです、毎日毎日。

【中井】 PCの修理? それってカスタマーエンジニアだよね。

【渡辺】 もう何でもやりましたよ。それを毎日やりつつ、他のメンバーに開発案件を回して、最後サーバーの設定とかもやって。

そうこうしながら、壊れたPCのLANカードを差し直してセットアップのディスクを作って。「あ、こうやったら効率よく出来るんだ!」みたいなスキルがどんどん上がっていって(笑)。

【中井】 そこから始まったんだ、うちのWeb開発は。そんな中、ケー・シー・シー(旧社名)がクイックのグループ会社になったじゃない(※2003年、株式会社クイックのグループ会社としてスタート)。そこで何か変わったの?

【渡辺】 1番は、夜に早く帰れーって言われるようになりました。

【中井】 うん、それは大きな変化だね!

 

 

【渡辺】 そこで離職率が大きく変わったんですよ。それまでは社内の人と話すのが送別会の挨拶くらいだったのが、普通に話せるようになりました(笑)。そこはガラッと変わりましたね。

【中井】 なべちゃん自身は何か変わったの? 働き方とかやってることとか。

【渡辺】 働き方というか、やっていたことはそれまでと似たようなもんですよ。ただ、組織編成で所属部署がちょこちょこ変わっていたので、その時その時で求められることが変わっちゃうんです。例えば、編集制作の中のWeb課だったり、受託のWeb制作っぽいこともやりました。「Web開発課」って名前になったのは、本当に最近なんですよ。

【中井】 あ、そうか。

【渡辺】 開発課って名前になって以降、「あぁ開発なんだ」って意識を持って僕はやれている気がします。それまではさっきも言いましたけど制作の中のWebグループだったりして。そうすると、どうしても制作寄りの視点が強くなったりして、新しい商品を出すたびに右往左往していました。その時期はとにかく発行スケジュールに合わせる!ライトでも早く出す!を最優先にして食いついていく、って感じでしたね。

 

 

【中井】 そういう仕事の進め方がおかしいって話になって、そのときに「Web開発課」にしたんだよね。その時期は何やってたんだっけ?

【渡辺】 僕自身のメインは『家づくりナビ』のWebサイトです。Web開発課になってからは、「本誌発行の流れを押さえて、それと同じペースでリリースしていけばOK」っていうような仕事では無くなったので、むしろ「開発」の難易度は上がっている気がします。

【中井】 難易度は上がっているだろうね。でも今のWeb開発課は、Webサイトやアプリそのものの価値を高めていく、本来の仕事の仕方に変わったように見えているんだけど。

【渡辺】 そうですね。

【中井】 Web開発課っていうものをちゃんとスタンドアローンで、ちゃんと成立する課にしたい、ということになったのが2年前?3年前?

 

 

【渡辺】 営業企画部ができて、今の組織になったのは3年前ですね。

【中井】 ちゃんとマネージメントとWeb開発をきちんと分けられるようになったっていうのがここ1、2年かな。それからだよね、色んなことが整理されていったのが。

【渡辺】 そうですね。だいぶ回転は速くなりましたね。なんか、詰まらなくなったって感じがします。立ち止まらなくなりました。

【中井】 それはやっぱりなべちゃん的にはいいの?

【渡辺】 今の方がいいですね。全部が全部、順調にはいっていないですけど、納得がいかないまま進めなければいけない仕事が減った気がします。

【中井】 昔は俺と面談するとき、いつも怒ってたもんね(笑)。

【渡辺】 中井さんが着任される前の方がもっと怒ってましたよ。当時はすっごい暗い顔してましたもん。そのときの後輩がよく言ってますけど、僕、めちゃくちゃ怖かったらしいです。ず~っと不機嫌でした(笑)。

 

 

【中井】 初めて会った時に、この人なんでこんなに怒ってるの?どうしたの?って感じだったもんね。何聞いても「別に」って。何かあるんだったら言えばいいじゃん!って言っても「別に」って(笑)。

それに比べると今はずいぶん変わったよね。何かあったの?

【渡辺】 僕が変わったっていうより、周りの環境がだいぶ変わりましたね。

【中井】 それでいくと、どんな考えで、どんなことに気を付けて開発スタイルを築いてきたのかっていうのは、外的要因の変化にどう対応することによって築いてきた、というのが歴史的には長かったってこと?

【渡辺】 長かったですね。でも一個だけ、カラフルカンパニーの仕事のサイクルはすごく早いので、どれだけ開発プロセスをコンパクトにできるかっていうのは常に考えてやっていました。いわゆる開発の仕事って、開発の期間が普通は半年、1年とかで、2、3日とか1、2週間とかそんな短い単位での開発ってあんまりないんですよ。

【中井】 そんな短い期間って開発じゃないじゃん!

 

 

【渡辺】 いやでも3週間とかで開発してましたよ。じゃあここまでならやる!って。なんで、その状況にどうアジャストするかっていうのを必死に考えてた感じです。

そんな中で、新しいツールをとにかく自分で吸収することも必要でした。当時『家づくりナビ』のWebサイトは、完全に新しいことをやっていましたからね。その方が絶対に変化に強くなって開発スピードが上がると判断して、新しい方式を導入したんです。

【中井】 なべちゃんが新しい技術の習得に貪欲にならざるを得ないのは、無理難題というか、与えられている環境の過酷さみたいなところに対応するために、最新のスピードとか技術を常に入れて対応していかないと現実的に物理的な問題に対処できなかったってこと?

【渡辺】 そうですね。

【中井】 じゃあ良かったの?

【渡辺】 結果、良かったですね。最初の頃に携わったサイトなんかは、もう触ったらどこが壊れるのかわからないんですよ。だから、壊さないように直すにはどうしたらいいかっていうのを必死に勉強したんです。
それで、そこから新しい開発手法ってこんなのあるんだなって学んでいって、どんどん楽しくなっていった感じです。

 

-以下、後編に続く

 

 

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