INTERVIEWカラフルな人

團野 智典(前編)

2007年新卒入社

編集制作

  • 2012年:入社5年目で『家づくりナビ』編集長に
  • 2013年4月:係長へ昇進
  • 2014年10月:本社メディア企画課 課長代理へ。入社8年目でマネージャー業務を担う
  • 2015年4月:課長に最年少で昇進。『家づくりナビ』『結婚SANKA』『週末、金沢あそび。』『金沢ラーメン案内』『Lunch Fan!』などの編集長を兼務。『ココカラ。』事業の立ち上げにも携わる

【中井】 團野(だんの)智典さん。2007年新卒入社、33歳。現在入社11年目。8年目でマネージャー業務を担い、20154月課長へ昇進。すごいスピード出世だね。

【團野】 そうみたいです(笑)。

【中井】 本社編集部本社メディア企画課課長。『家づくりナビ』『結婚SANKA』他、ムック本の編集長。素晴らしい!

【團野】 はい。ありがとうございます。初めて編集長になったのは入社5年目の時でしたね。

【中井】 29歳でマネージャー業務。現在も数々のプロジェクトや企画を任されている團野さんの転機は?

【團野】 やっぱり編集長を任せてもらったあたりからですかね。それまでは、編集という仕事はしていたんですけど、社会人としてというか、ビジネスマンとしての考え方というものに触れてなかったと思います。どちらかと言うと、いい原稿を早くつくる「職人」でした。

 

 

【中井】 「自分は職人だった」と思ったきっかけってあったの?

【團野】 編集統括部長の吉本さんの存在ですね。「商品を作るには、“ どう売上を立てていくのか ”とか“ どうアクションを取りにいくのか ”っていうことを戦略的に考えなきゃいけないよ」という話をされて。「あぁ、メディアを作るには、そういうことを考えなきゃいけないんだ」ということに気付かせていただきました。

【中井】 その前は何を考えてつくっていたの?

【團野】 「どんな企画が読者さんに受け入れられるのか」ってことは考えていました。だけど、それが売上にどう直結していくのか、ということはあまりイメージできてなかったです。ある意味、「売上は営業、ものづくりは編集」というような考え方だったと思います。組織全体もそんな雰囲気でしたね。

【中井】 それが、吉本さんが来て、考え方が根底から変わったんだね。

 

 

【團野】 それからもう一つ、「バッカーズ」っていう社内活性化プロジェクト(場活)のメンバーになったことですね。あれは確実に僕の転機でした。

【中井】 へ~!

【團野】 初めは「なんか分からんけど、急にメンバーに選ばれた」ぐらいにしか思ってなくて。印象としては「仕事が増える」みたいな感覚でした。

【中井】 あぁ~。「ダメな人」の典型的な思考パターン。

【團野】 はい(笑)。でも、活動を初めてみると、それまであまり部署間でコミュニケーションとってなかったんだなってことに気付いたんです。プロジェクトを通じて、いろんな社員と話したら「おもしろいな」って感じて。そこから、いろいろと本も読み出して、考え方というか捉え方が変わっていきましたね。

 

 

【中井】 何がどう変わったの? どうだったものが、どういう風に変わったの?

【團野】 当時、同期や周りの人によく言われたことは「お前、実は仕事に対してすごく情熱を持っているけど、それが誰にも伝わってないよ」ってことでした。「こうしたい」はあるけど、口で言っているだけだって。口で言うだけで、変えることを諦めていました。

【中井】 諦めるよね~、みんな。3回くらいダメだったら諦めるよね。そこからなんだけどね。100回くらいやんないと。

【團野】 そうですね。当時は口だけで、行動が伴ってなかったと思います。

【中井】 なるほどね。社内活性化プロジェクト(場活)をやろうと思った最大の理由は、あの当時、組織の中におけるコミュニケーションがほとんどまともにされていなかったからなんだよね。コミュニケーションをすることの価値とか意味っていうのは、みんな何となくしか分かってなかった。コミュニケーションすることでどんな変化があるのかってことを、まずはプロジェクトメンバーに体感してもらうことで、気付いてほしかったんだよね。

 

 

【團野】 今まで口で言ってるだけで誰にも伝わらないジレンマにカリカリしてたけど、それって人のせいにしてたりとか、組織のせいにしてただけなんだって。みんなとコミュニケーションをとったことでようやく気付いたというか。プロジェクトメンバーは、とにかくみんな前向きでしたね。初めは後ろ向きな人もいましたけど、活動をやればやるほど、メンバーに会えば会うほど、「自分たちが会社を変えていかなきゃいけない」という話が出るようになっていきました。

【中井】 素晴らしい! コミュニケーションによって起こる変化を体感できたんだね。でも、実はその後が大変なんだよね。組織を活性化し続けるには、とにかく伝えたり、それによって考えたりっていうコミュニケーションをやり続けるしかないから。諦めたら終わり。それは、誰かが「諦めたらダメ」って言ってくれることではなくて、自分で決めてやり抜くしかないことなんだよね。プロジェクトの活動に触発されて「絶対に最後までやり続ける」「絶対に最後まで投げ出さない」っていう覚悟を決めたことで、それまで口で言ってるだけだった「もっとこうしたらいいのに」とか「こうしたい」ってことに、行動が伴うようになっていったんだね。

 

※中編ー編集主体の媒体作りへの挑戦ー に続く

 

 

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